Merzouga
Erfoud(エルフード)の街を通過して南へと向かう。
不毛の大地をまっすぐに伸びる道を進んでいくと、途中から舗装さえなくなる。
舗装がなくなる地点で一旦スピードを緩めるが再び徐々にスピードを上げ、乾いた砂・小石・土の大地をひたすら進んでいく。
地面には幾重もの轍があり、ドライバーはなんとなく平坦に思えるルートを選ぶように運転しているが、
ときどき失敗すると車はバウンドする。この道は「ピステ」(道なき道)と呼ばれているらしい。
周囲を見渡すとなぜか猛スピードで走るバイクなどの姿をたびたび見かける。
ドライバーに尋ねるとパリ・ダカールラリーの練習をしている人たちとのこと。なるほど。
(しかしながら旅行をしたこの年(2008年)はアフリカ北西部モーリタニアの治安悪化のため、全区間開催中止に。)
しばらく進むと地平線の先についに砂漠が見えてきた。
まぎれもなくサハラ砂漠の一部だが、実はモロッコでは純粋な砂だけの砂漠は珍しい。
大半が小石混じりの乾いた土の土漠と呼ぶような風景。砂漠はその大地の一部分に砂が集まり山となっているような印象。
平らな大地に砂が山となっている様相は不思議な風景。
すでに傾きはじめた夕方の日を浴び砂丘に複雑な陰影が生まれている。
砂漠の手前の建物は、観光客向けの小さなホテル。同じようなホテルを数軒見かける。
でもこの日はホテルには泊まらない。ラクダに乗ってその先へと入り込む予定。
砂漠の中で一夜を過ごす。
今回の旅行の大事な目的の1つ。
荷物を置くための小さなホテルについた頃には、もうすぐで日没という時間。
慌てて1つの部屋に荷物を置かせてもらい、砂漠で一晩過ごすのに必要な最低限の荷物だけを持って砂漠へと向かう。
ホテルの外に待っていたドライバーとはここでお別れ。彼の家はワルザザート。
家に着く頃はおそらく夜中。二日間ご苦労様でした。
新しい案内人に挨拶をして、座って待ち構えているラクダに向かう。
ラクダにも挨拶をしてみるが、無愛想?な表情。
ラクダを乗るのも触るのももちろん初めて。
こぶの間に敷かれた毛布に腰をかけ、しっかりと固定された前後2つの取っ手を握る。
ラクダが立ったり座ったりするときが実は一番危ない。
まずは後ろ足から立ち上がると、乗り手はぐっと前方に傾く。
前後の取っ手をもっていないと投げ出されそうな勢い。
その反動を利用するかのように前足が伸び一気に立ち上がる。
今度は後ろへ投げ出されるような感じ。
案内人はラクダに乗らず、ラクダの口に結わえられた2,3mほどの手綱をもって歩くようだ。
ラクダも歩き始めると想像通り上下前後に揺れる。
さてここからラクダに乗って2時間近く移動らしいが、尻は無事に済むのだろうか。
ラクダの後ろ頭。体を触ると当たり前だが温かい。毛は堅めだがまさにラクダの毛布を触るような質感。
砂地に入るとクッションがあるためか少し揺れがやむような気がしたが、
下り坂にくるとしっかりと前足でブレーキをかけながら進むので、尻になかなかの衝撃が伝わる。
砂漠のどこを歩いてもいいというわけでなく、歩くルートは基本的に砂丘の峰をなぞるようにして進んでいく。
砂丘の谷部はそれなりに急で、砂も崩れやすい。一旦降りると上がるのにはラクダとはいえ苦労しそう。
10分ほど進むと日の入りの風景に。手前に見えるのはラクダ用か観光客用のベルベル式のテント。
砂丘の低い部分では見えずらいため、少し小高い部分に上がり、一旦休止して風景を眺める。
後ろを見ると我々の影が隣の砂丘に写っている。
ラクダの上から眺める徐々に沈みゆく夕日。
空と砂漠の色が刻一刻と変わっていく。
銀塩フィルムでも追い切れない見たことのないような色調。
写真だと砂漠の色がブラックアウトしてしまったが、人の目だとこちらにも淡いグラデーションが潜んでいる。
ただ、そもそもなんというか平面的な色やグラデーションではなく、
厚みをもった空間的な色、光。
空間に色・光が充ち満ちている感。
そう言ったほうが近い。
なぜこれほどまでに砂漠の夕日は魅惑的なのだろうか。
無限の曲面をもった砂漠が夕日を浴び、その色を変えていく。風紋が美しく陰影を刻む。
ふと夕日とは反対の方角を見て驚く。
暗闇が迫っていると思いきや、地平線の少し上には淡い虹のようなグラデーションが。
ちょうど夕日の周りの空の色を薄めて上下を反対にしたかのような光。 不思議。
真上の空。
落日。
日が沈んでから数分間、空は不思議な青色に包まれる。
これまた写真ではわかりづらいのだが、手前の砂丘とその背後の空を眺めると、明度にほとんど違いがないせいかそれぞれの距離を目がとらえきれないような不思議な見え方をする。
砂丘が手前のはずなのに砂丘よりも空が近くに見えたり。まるでジェームス・タレルの世界。彼の作品はまさにこの瞬間を再現しているようにも思える。
日没後も、ひたすら砂漠の中を進む。
だんだんと暗闇が支配していき、途中からは月の光だけが頼りな状況。月の光を頼りに進む砂漠の世界。なかなかの体験。
しばらくすると遠目にラクダの一団が見えてくる。こちらはラクダ2頭と人間3人だが、向こうは少なくとも15人&匹いる。
暗すぎてよくわからないが、ガイドのひとは「キャラバン」と説明。現地のノマド?
人数の少ないこちらの方が歩みが早く、やがて追いつき隣の砂漠の尾根を進む。
近くにくると別の旅行者の一団だと判明。ヨーロッパの高校生か何かの一団で、学校行事の一環のような雰囲気。
風景を楽しまずものすごくつまらなさそうに手元をみている女の子も。
さらに進むとひときわ大きな砂丘の山の麓にテント群がうっすらと見えてくる。どうやらそこが今晩泊まる場所のようだ。
荷物を置いたホテルをでて約2時間近くかかりようやく目的地。空気がどんどん冷たくなってきたので少しほっとする。
ほぼ暗闇の中、ようやくテントに到着。2時間近く乗っていたラクダからようやく降りると、
ラクダ慣れしていないせいか足の付け根が変に凝ってしまい、普段通りの歩き方ができるのに1分ほど時間を要する。
テントは5,6棟あり、他にも何組かいるよう。先程出会った一団は見あたらないので、おそらく別の場所にもキャンプ地があるらしい。
もう暗闇があたりを支配しているのと、砂漠の砂は吸音材のように音を吸うのでまわりの様子はあまりわからない。
一番大きなテントに案内されて中に入る。広さは二×四間ほどありそうだが、天井が斜めになっているので、もう少し狭い印象。
ラクダの毛の布のようなものでできている。砂漠の夜は冷えるが、これだけで充分暖かさを感じる。
オイルランプの光の中、まずはモロッコ式ミントティーで一服。思えば遠く辺境まで来たものだ。
一息ついていると、先にテントにいた2人の西欧人から話かけられる。2人はオランダ人の40代ぐらいの男性とその母親。
特別な体験をしている者同士、話が進む。
しばらくすると夕食が運ばれてきたので、同じ机に置いてもらい話をしながら食事を楽しむ。
男性は農水省のようなところに働いているようで、日本にも何度か来たことがあるらしい。
私も妻も学生時代にそれぞれオランダを訪れたことがあるので、これまた話がはずむ。
食事が終わり、夜も更けてきたので(とっくに真っ暗だが)自分たちに割り当てられたテントへと移動する。
こちらのテントはとても小さく、3人ほどが寝られる広さ。高さも低く、中腰でなんとか移動する高さ。
でもこの狭さが少しポイント。砂漠の夜はとても冷えるが、小さな空間にともる小さなオイルランプの熱で空間が暖まる。
もちろん砂の上には何重にも絨毯・毛布が敷かれている。
ここは砂漠。もちろんトイレなんぞありません。
テント群から50mほど離れたところまで歩き、そこで用をたす。
暗闇の中、日本から持参したペンライトにて足下を照らしながら歩くも
逆にLEDライトの明かりが目にはきつく、月明かりだけを頼る方が実は歩きやすいのに気づく。
砂漠の夜は完全なる静寂。生きられる動物昆虫も限られるのか、鳴き声もない。
風切り音を出す植物もなく、聞こえるのは砂にあたる僅かな風の音。砂の山はただただ音を吸う。
空を眺める。
空には見たことないくらいの数の星々。
日本の高原などでも星空はきれいだが、ここには街の明かりも届かずとにかく空気が乾燥して澄みきっているためか、見える星の数が尋常ではない。
もうだいぶ冷え込んでいるがしばし眺める。
左はデジカメで2分ほど露光した写真。画質も最大かつTIFF保存。
これでも目では見えるが写せていない星があるような印象。
ライン状に見えるのは露光時間に幅があるせい。中央を斜めに通過しているのは人工衛星か。
ところでこの写真、実はオリオン座を写したもの。わかるでしょうか?
オリオン座の有名な4+3の星々の間にこれだけ多くの星がある風景にただただ驚く。
星の色も様々。何気なく見ている空が場所が異なるとまったく別の存在に。
写真中央に左右にうっすらと星の密度が濃い部分が天の川=銀河。文字通り空を地平線から地平線まで縦断している。
あまりに星が多すぎて、星座を見つけるのが難しい。
さすがに冷えたのでテントにもどり、ダウンを着たまま毛布にくるまる。地面には絨毯が何重かにわたって敷かれるが砂の感触が体に伝わる。
底冷えするかと思いきや、砂自体に断熱性があるためかゆっくりと体の温度に近くなる。
むしろ体の凹凸に合わせて砂が変形してくれるの、心地よい。寒がりなので来る前は少し恐れていたが、こんなに快適とは。
最後に驚かされたのは、少し荒いラクダの毛のテント生地を通して外の空の星が見えること。少し顔を動かすと星が瞬いて見える。
しかし、砂漠はとにかくいろいろな価値観を揺り動かしひっくり返す。いままでで一番忘れられない夜になった。
メルズーガ砂漠の朝。
ボー、ボー、というラクダの鳴き声で目が覚める。慌てて時計を見る。よかった。まだ夜明け前。妻を起こして外に。
太陽はまだでていないがそれなりに明るく、なんだか少し青みがかった空気があたりを包んでいるような錯覚を覚える。現実感がない。
昨日は暗くてわからなかったが、一晩過ごしたテント群は湾曲する特別大きな砂丘の懐にあって、おそらく風をしのげる場所だったらしい。
テントはネックレス状に配置されていて、輪が破断している付近はさしずめゲート。そこには乗ってきたラクダが数頭座っていた。
あたりを見渡すと、やはり離れたところにも幾つかのテントが見え隠れしている。
背後の大きな砂丘をみると、すでに何人かが登っている。どうやら高い位置で日の出をみるらしい。我々も少し急ぎ気味に移動を開始する。
砂丘は巨大で意外と急。日の出前の陰影の少ない砂の固まりは距離感を掴むのに苦労する。
尾根づたいに登るのが一番楽そうだが、回り込むのにもかなり距離があり、日の出に間に合うかが微妙。
そこである程度斜面がなだらかなところを狙って登る。
でもこれが失敗。登っていくと30°ほどの斜面になり、砂に足がとられる。1歩進むと0.9 歩分下がる。かなりの非効率&重労働。
体重が軽い女性の方が比較的楽に上がっていく。少し強引に半ば走るように進むとようやく尾根へと近づく。
最後はさらに急なので、四つん這いになって登る。
砂丘の尾根からの風景。50m以上は登っただろうか。黒い固まりはテント群。
なんとか日の出にには間に合った。ただもう一つの失敗は砂漠は空気が薄い(気がするだけ?)点。
朝起きた直後の重運動で軽い貧血に。この貧血の感覚、久しぶりと思いつつもそれなりにつらく、足を尾根の上に向けて頭に血が戻るように寝転がる。
まいった。
幸いもう少し日の出には余裕があるのでしばし休む。
尾根づたいに下を見るとこちらにも別のテント群が。朝食の用意か、白い煙が立ち始めた。
煙だけが動き、あとは時間が止まってしまったような感覚。
東の空を見やる。
地平線の先まで砂丘がつづく。空の色は刻一刻と太陽が近づいていることを知らせている。いつの間にか現れた雲の腹が赤色に染まりはじめた。
砂丘の上から眺める日の出。
地平線から上がる太陽。ゆっくりと砂丘を上から照らしていく。砂丘群は波のよう。
自分たちがいる砂丘も徐々に光に包まれていく。
横から差す光が砂丘の表面の砂を輝かせる。
太陽だけが時間を持ち、他すべては静止しているかのような錯覚を覚える。
日の出直後の光は砂丘を淡い赤色に染める。
僅かな勾配の違いが、無数の陰影を生みだす。
時間が経つとともに、赤みが少しずつ抜けていく。
砂を接写。砂は単一の粒子ではなく、赤い粒子、黄色い粒子、少し透けた白い粒子など、無数の粒子から成り立っている。
昨日の日没時のように砂丘と背後の空の明度が近くなり、不思議な見え方のする瞬間が一瞬だけ立ち現れる。
砂丘も黄色に染まり、異質な感じが高まる。
しばらく風景を眺めていると、眼下のテント群の方向から我々を呼ぶ声が。朝食の時間らしい。
ということで砂丘を降りる。
靴の中が砂だらけとなり、足が重い。
朝食は屋外にて。昨日と同じメンバーでテーブルを囲む。パンと飲み物のシンプルなメニュー。
しかし気持ちがいい。
この日は一番の長距離の移動日。少し急かされ気味にテントに戻り荷物をまとめる。
テントの中はそれなりに明るい。昨晩テント生地越しに星空を眺めることができたのも頷ける。光を通すが寒暖から人を守る布。
必然的に生まれた素材であるかもしれないが、何より美しい質感。
テント村から出発。
まだ八時前。それでも既に日差しは強く感じます。真冬なので空気が冷たく意外と心地よい。
テント村の後ろに見える一際大きな砂丘は日の出を見るために登った砂丘。離れてみると巨大。
昨夕と同じくこれから1.5時間〜2時間、ラクダの背に揺られる。だいぶ慣れたが、昨日の筋肉痛が発生して少しつらい。
しかしまわりの風景がそのことを忘れさせる。
まだまだ日は低いが、それでも充分太陽の強さをじりじりと感じる。隣には先程お別れしたオランダ人親子+ラクダが。
朝は砂が鮮やかな色を放つ。
砂丘がつくりだす陰影。ただただ繊細。
少しだけ深い窪み。
太陽の光があまりに直線的で強いためか、乾ききった空気が光を微反射さえさせないためか、窪みが異様に深く黒い穴にも見える。
少しずつ形を変える風紋。つまりは砂丘も目で追えない早さで姿を変えている。
ラクダにゆられること1.5時間。ようやく砂丘の間から荷物を預けていたホテルが見えてきた。砂丘の切れ目にいくつかのホテルが点在している。
ガイドの指示によってラクダが座り(この瞬間があぶない)、ラクダから降りる。長時間の移動でしたが、降りるとなんだか名残惜しい。
ガイドが綱を緩めると、さっさとラクダは立ち上がり去っていく。あっさりと別れをし、少し離れたところに生えている草を食べ始める。
周囲にはころころした黒い塊のラクダの糞が散らばっている。
荷物を預けていたカフェホテルへと入ります。エントランスを抜けると広い中庭。その周りに部屋が点在している。
人の気配はほとんどないので、皆同じように砂漠の中で昨晩は過ごしたようだ。
建物の外壁は草入りの土壁。草はつなぎ材か。
部屋に入る。昨日は時間がなくあまり周りを見る時間がなかったが、素朴なようでしっかりと造っている。
ここはここで、一日中ぼーとしながら本を読んだりするのも良さそう。
でもこの日はフェズまでの大移動日。意外とまわりのモロッコ人はせっかちな人が多く、先を急ぐことに。